2005年07月12日

『1969年の上野高校学園闘争_1』高橋直純

序章 都立上野高校
 台東区上野公園の一角にある都立上野高校では、かつて学園闘争があった。1969年のことである。「全日制闘争委員会」という名の有志学生が学校の一部をバリケード封鎖し、5項目の学校改善を要求した。その結果、自主ゼミナールの単位認定、生徒会・生徒手帳の廃止などが達成された。上野高校だけではない。1969年は高校生にとって闘争の年だった。各地で高校紛争が起きたが、その多くは学生の要求が聞き入れられることなく一方的な処分や、時には警察の介入によって、問題の根本的解決には至らないままに終わっている。上野高校は数少ない学校側、生徒側にとっても比較的円満解決だったと言われている。多くのマスコミでも好意的な記事が出た。
 
 現在でも、上野高校は「自主協調」という校訓とともに、リベラルな校風が個性的な学生を多く惹きつけている。制服も校則も生徒手帳もない。生徒会もなく、体育祭や文化祭などの行事はその度ごとに有志が集まって企画した。このようなシステムになったのも1969年のバリ封がきっかけである。
 
上野高校の卒業生である筆者が、学園紛争があったことを知ったのは、偶然図書室で一冊の記録集を見つけたことによる。紛争から3年後に研究部(紛争後に進路指導部が改編された組織)の教師達によってまとめられた『資料上野高校の教育改革』という名の資料には、当時のビラや学校側の配布物などが詳細に記録されている。ほとんどの学生に見られることなくひっそりと所蔵されていた。

精読すると、編者の誠実な姿勢が伝わってくる。教職員側の作成した記録であり、そのまま鵜呑みにするべきではないのは分かっている。だが、少なくとも上野高校にとっては公式にも、学園紛争は恥ずべき過去として記録されていない。その資料からは、教職員と学生が一緒になって学校を良くしようとした運動の一環として、真摯に出来事を記録しようとする意思が感じられた。他にも当時の職員が紛争に関する本を何冊か残している。

本作品は、そうした記録とともに当時の学生や教職員へのインタビューなどによって1969年に上野高校であった学園闘争を改めてみていこうとするものである。

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2005年07月11日

『1969年の上野高校学園闘争_2』高橋直純

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2005年06月27日

『透明な英雄』大隅亮

 日本列島は新幹線でつらぬかれ、街ではポルノ映画が盛んにつくられ、ラジオからは陽気な音楽がきこえた。そのような浮かれた時代に見えない悲劇からひとつの地域を救った人びとがいた。明るい未来という華やかなイメージに隠された公害という魔手から町を守ったのだ。そう、たしかにかれらの活躍は市街地で暴れるロボットや異星人と超人的な格闘を繰り広げる鉄腕アトムにくらべれば呆れるほど地味ではある。しかしフォワードの劇的で華美なゴールだけがファイン・プレーなのではない、玄人好みの堅実なディフェンスもまた称賛に値するのだ。むしろ高度経済成長期に特有の、未来にたいする盲目的な信仰という逆風のなかで、貴重な白星をあげたかれらこそ真の英雄ではないだろうか。(本文より)

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投稿者 大隅 : 03:32 | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年03月22日

『犯罪者の仮面を被らされた者たち Vol.1』遊佐春奈


はじめに

 女の人たちが近所のアパートにやってきたのは10年くらい前のことだった。
 当時中学生だった私は毎日その前を通って通学していた。彼女たちは、夕方になるといつもミニスカートにサンダルを履いてアパートの前にたむろしていた。6~10人はいるだろうか。暗くなると車が迎えにきて、中から2~3人の黒服の男たちが出てきた。私は、足早にその前を通り過ぎるのだった。目を合わせてはいけないような気がして。彼女たちは、一部屋4~5人くらいで住んでいるようだった。時折、部屋から罵り合いのような声が聞こえた。そのアパートのゴミ集積所はいつも分別されていないゴミでいっぱいだった。
 「外国人はゴミを分別しないからねぇ」とか、彼女たちは「フィリピンから来て水商売をやってる」んだとか「臭い」とか、近所で不満を言う人もいた。彼女たちに何をされた訳でもないが、私は何だか不安を感じていた。たぶん、テレビで外国人犯罪が増加したとか不法滞在者の摘発だとかが取り上げられていたのが影響したのだろう。その時は、なぜ不法滞在者が増加しているのか、疑問に思う余裕もなかった。とにかく帰ってほしかった。それだけ強烈に不法滞在者と凶悪犯罪のイコール関係が脳みそにこびり付いていたのだ。特に外国人ホステスが入管に連れて行かれるシーンを見ると不安でたまらなかった。うちの近くにいるフィリピン人女性もこの人たちと関係あるのだろうかと。

 それから10年、不安は変わらない。しかし、それは彼女たちに対してではない。彼女らの背後にある、俄には信じたい現実を知ったからだ。そして、それを問題視してこなかった自分も社会ももっと恐ろしい。

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投稿者 遊佐 : 10:37 | コメント (4) | トラックバック (0)

『犯罪者の仮面を被らされた者たち Vol.2』遊佐春奈


はじめに

 ある日の夕方、近所のスーパーに向かう途中、前を歩く女性2人を追い越した。フィリピン人女性だった。近所のアパートにフィリピン人女性が数人で住んでいて、フィリピンパブで働いていることは知っていた。夕方、ミニスカートを履いた彼女たちを黒塗りの車が迎えに来ることもしょっちゅうだった。
 しかし、その日は様子が違っていた。スーパーから帰る途中、まずパトカーが目に入った。そして、数メートル先で、警察官に連行される先ほどの女性たちとすれ違った。警察官はタガログ語で何やら質問しているようだった。
 近所にフィリピン人女性が住むようになって10年くらい経つが、こんな光景を見かけたのは初めてだった。フィリピンパブで働くエンターティナーたちの取り締まりは確実に強くなっている。それでも、興行ビザを厳格化し合法的な単純労働のビザを発給すればフィリピン女性のためになる、女性たちが合法的な職に就くことができるなら取り締まりもやむを得ないのかもしれない、と思っていた。ハニーとアキに会うまでは。

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投稿者 遊佐 : 10:37 | コメント (3) | トラックバック (0)

2005年03月02日

『“横田” ~基地内の日常・住民の被害感~』石丸彰


[Change of Command Ceremonyを取材して]

 2005年2月10日、Yokota Air Base(在日米軍横田基地)にてChange of Command Ceremony(指揮権交代式)が執り行われた。横田基地に駐在する軍人だけでなく、日本に駐在する、米軍がもつ陸軍・海軍・空軍・海兵隊すべてを統括する指揮官の交代であるため、4軍の軍人たちが集まり、盛大に式典がなされた。内容は、前指揮官Lt General Thomas C. Waskow(トーマス・C・ワスコー中将)から、現指揮官Lt General Bruce A. Wright(ブルース・A・ライト中将)への指揮権の交代である。普通の式典には出席しない四ツ星の軍人が出席しての式典であり、僕を案内してくれた基地の方は「たいへん珍しいことだ」と言ってそのスゴサをアピールしていた。

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投稿者 石丸 : 17:50 | コメント (0)

『それぞれのもうひとつ ――日系人という社会――』近谷純子

 日本からブラジルへ渡った人がいる。ブラジルから日本へ渡った人がいる。これは別々の話ではない。日本からブラジルへ、そしてブラジルから日本へ、あるいはまた日本からブラジルへ、「移民」をめぐるひと続きの話だ。移民という日本語に対応する英語には、「immigrant」と「emigrant」のふたつがある。前者はある国、たとえば日本に「入ってくる人」を言い、後者はある国から「出て行く人」を指す。いまの日本で「移民」の響きがどこか遠くに感じるとしたら、移民に関して、「入る」「出る」のふたつの概念を区別する言葉がないというのも、そのひとつの証拠だろうか。でも、移民は自分とは無関係な話だと思っていたらいつか取り残されるのは自分のほうだと、私は途中でそう気づかされることになった。


プロローグ

 「準々決勝 ブラジル2、ロシア2、日本4」
 2003年11月3日。東京・代々木体育館で極真空手の世界大会、第8回オープントーナメント全世界空手道選手権大会が開催されていた。仕事でどうしても会場に行けなかった私の元へ、この極真空手の世界へ私をひきこんだ男から実況中継のメールが刻々と携帯電話に届く。

 日本人が4人も残った、これはいけるかもしれない――。
 

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投稿者 近谷 : 16:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

『EDと男の自尊心』河合顕子

はじめに 
 これは、私のドキュメンタリー作品の付録資料である。映像作品は、生の声にこだわったため、取材インタビューを中心に構成してある。しかし、取材はあくまで、私自身がこの目で見ることができた範囲内での事実であり、それはEDを巡る状況のほんのある一面にすぎない。偏りも見られるだろう。
 EDは、男性の自尊心だけでなく、女性の自尊心とも深く関わっている、人間にとって極めて重要なテーマである。EDは治療可能、つまり悩む必要はないように思われるのだが、そうもいかない。現場は深刻であり、その背景は実に複雑だ。
 男女関係なくあなたが人間である限り、EDはいつもそばにある。その距離は、年を重ねるごとに、縮まるいっぽうだろう。EDの原因はさまざまであるが、EDが精神に与えるダメージは強力であり、それを悩みとするか、自然に受け入れられるかで、あなたの人生が変わる可能性もある。
 もし、あなたがEDを真剣に考えるならば、映像を見る前にこれを読んで欲しい。EDは「起つ」「起たない」の問題なのか。なぜ、複雑かつ深刻になってしまうのか。一人一人の理解が、EDのイメージを明るく変えてゆく力になる。
 EDから目をそらすなんて、今やナンセンス。切りたくとも切れない縁ならば、開き直って受け入れる。どうせなら、仲良く明るく楽しく。直面したとき「下を向いたら損」、それがEDである。

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投稿者 河合 : 16:12 | コメント (6) | トラックバック (3)

『介助犬と共に生きる社会へ』熊谷早苗

はじめに 
 犬は、私たちの生活に密着した生き物です。飼い犬に「お手」などの芸を教えたことはありませんか? 私も、かつて飼い犬のぽちに「お手」「おかわり」を教えました。食事の際に、「お手」「おかわり」をしてから、ご飯をあげます。ぽちは、どこにでもいる白い雌の雑種です。「お手」をしたからといって、偉い犬になったわけでもなく、他の犬でも何かよほどのことが無い限り、教えればできることです。でも、そこに、ぽちと私のコミュニケーションが成立します。ぽちにとってみれば、「早くご飯が食べたいよぅ!」と言わんばかりに尻尾をぶんぶん振りながら、ご機嫌で「お手」をしてくれます。それを見た私は「可愛いヤツだなぁ~」と、さらにいとおしくなり、他でもないこのぽちが、愛情の分だけきちんと応えてくれる気がするのです。
 さて、本題は「介助犬」。どんな犬か知っていますか? 「盲導犬なら、知っているけれど……」という人が多いことでしょう。盲導犬は、視覚障害者の目の役割をします。2004年に、映画『クイ-ル』(監督・崔洋一)が公開されたこともあり、盲導犬の役割を知った人や、興味を持った人がさらに増えたことと思います。

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投稿者 熊谷 : 14:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

『ファンとは~2004年、プロ野球再編問題から見えたもの~』坂本貫

6月13日の衝撃

 2004年6月13日、大阪ドームにプレーボールのコールが高らかに鳴り響いたのが午後1時2分だった。その約1時間後、同じ大阪市内のホテルで、ある記者会見が幕を開けた。
 会見の冒頭、山口昌紀近畿日本鉄道社長と小林哲也近鉄球団社長は、大阪近鉄バファローズとオリックスブルーウェーブが合併に向けて協議を進めていることを認めた。合併案は4月後半には浮上しており、ゴールデンウィーク明けにはすでに親会社の間で合意ずみとのことだった。
 すべては結果報告にすぎなかった。そして、その報告さえ近鉄の試合中に行われるという配慮のなさだった。
 その日、バファローズはサヨナラ勝ちを収め、ファンと共に快哉をあげた。そのとき選手の心にはどのような思いが渦巻いていただろうか? 親の心子知らずとはよく言うが、子の心情を常に親が熟慮しているとも限らない。

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投稿者 坂本 : 13:47 | コメント (1) | トラックバック (0)

『「脳科学」化社会』赤木智弘

はじまりは「ゲーム脳」だったはずだ。

 2004年の大晦日を翌日に控えたあの日、あるデパートの書店の前を通りがかった時に面白いものが目についた。
 通路に面した書棚に、脳関連の本がずらっと並んでいるのだ。さながら「脳フェア」といったところか。
 本のタイトルをざっとあげてみると、『脳が若返る100のコツ』『脳が若々しい人老けやすい人』『百人一首で脳を鍛える方法』『和田秀樹の全脳トレーニング』『左脳を鍛える大人の迷路』『右脳を鍛える言葉の迷路』『脳を鍛える記憶術』『大人の脳を活性化 名作音読ドリル』『川島隆太の自分の脳を自分で育てる』『脳を鍛える即効トレーニング』『5分間活脳法』『大人から子供まで毎日続ける脳力日記帳』『大人から子供まで脳力を鍛える音読練習帳』まだまだあるが、きりがない。
 タイトルからしても分かるように、これらの本は脳研究の専門家に向けた医学書ではなく、一般の人に向けた脳の本である。

 「脳」がこんなに流行っているのか……。

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投稿者 赤木 : 09:59 | トラックバック (1)

『「死にがい」の現在』宮田清彦

 変わったな、という感覚はあった。最近、何かが変わっている。
たとえば、電車の中のつりこみ広告。雑誌の見出し、「死」という文字の量が増えた。本屋に行ってもそうだ。「死」に関係する本が平積みになっていたりする。
なんでだろうか。確かに切迫する死を前に途方もつかないような苦しみの中にいる人もたくさんいるのは間違いし、それはキチンと考えられるべきだから、社会が「死」を問題にする事自体は当然だろう。自殺者は激増し、世界中で戦火の炎は絶えない、凶悪犯罪も激増中らしいし、「ネット自殺」なる新語も登場した。その渦中 にいる方々のことは本当に真摯に考えられるべきだと思う。 「死」が増えたから、「死」に関する情報が増えたという説明はしごく納得がいくのだけれど、しかし、それはどういう意味を持っているのか。どんな影響があるのか。
 今回、取り上げるのは、2004年において社会に流通している「死」だ。でも、リアルな死を切り取りたいわけではなくて、みんなが「なんとなく」考えている死。私達の社会がなんとなしに抱いている「死」、無意識下にある死のイメージをこのルポで拾い出して、少しだけ、見つめてみたいと思う。

注(このルポは未だ暫定稿で、調査を継続中です。まとまりのある読み物に仕上げているつもりではありますが、今後、内容を変えることも考えていますのでご了承下さい。)

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投稿者 宮田 : 04:15 | コメント (2) | トラックバック (0)

『ブランドに恋して-日本人のブランド消費の今-』加藤晶也

1.はじめに みんな高級ブランド品を持っている!

 とある休日。何気なく街に出る。絶えることのない人通り。ぼーっとしながら、待ち行く人々を眺めていると、ふと気づく。

 さっきから同じようなバッグを持った人が、何人も目の前を通るのである。

 おなじみの茶色の生地のモノグラム柄、アルファベットの「C」と「C」が背中合わせに重なった大きなロゴ、Gが背中合わせにくっついている小さなロゴがモノグラムになっているもの……どれも、いわゆる「高級ブランド」といわれるブランドのバッグである。こうやって意識的に眺めてみると想像以上に、高級ブランドの品物を身につけている人が多いものである。シャネル、ルイ・ヴィトン、グッチ、エルメス、クリスチャン・ディオール……

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投稿者 加藤 : 00:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年02月28日

『昭和花街残影』神山幸恵

 昭和64年1月7日、昭和天皇崩御。静かな正月のあとの音のない朝に、昭和天皇崩御を知った。戦争と復興、激動の昭和という時代が終わった。
 あの時、祖父母はどうしていたろうか。おごそかに進められた大喪の礼も何もかも、私の日常とは遠い気がした。まだ昭和が終わった実感はなくて、しばらくは大事な書類に年号を書き間違えたりしていた。
 あれから、すでに十分な時が過ぎ私の中の昭和は振り返るべきときにある。祖父母が死に、戦争を語れる大人たちも減った。
 私は、昭和の片隅に咲いた花を探して生まれ育った横浜を歩いた。花街の残り香を求めて、ある日、地図を片手に街を歩いた。

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投稿者 神山 : 20:27 | コメント (0) | トラックバック (1)

『「体感」としての音楽文化』奥 崇

白いイヤホン
 街にでよう。そして道行く人の耳元をじっと観察する。ほら、あったあった白いイヤホンが。この一年ほどで爆発的に増えた「白いイヤホン」。その正体はiPodだ。「ネコも杓子も」とまでは言わないが、一日繁華街を歩けばあれよあれよと目に飛び込んでくる。しかし、このiPod人気はただのブームとしてだけ処理できる問題ではない。その裏には今後の音楽のあり方を見極めるヒントが詰まっているのみならず、文化全般のあり方にまで問題を投げかけている。つまりiPodの考察はただの「流行りもん」チェック以上の価値があるのだ。

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投稿者 奥 : 00:13 | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年02月25日

『火星人の見た出版』大隅亮

 ぼくは火星人なのだけど、そんなことはどうだっていい。とある事情——と言っても恋人と別れて火星に居づらくなっただけなのだけど——で半年前に地球に遊びにきた。たまたま着陸したところが日本の編集プロダクションだったというだけで特に他意はなかった。本当だよ、まったくの偶然からぼくは日本の出版業界の観察をはじめたんだ。

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投稿者 大隅 : 15:38 | コメント (21) | トラックバック (3)

2005年02月23日

『抑うつを通して子どもを見る』 三輪桂子

 人はこの世に生を受けたときから、常に他者のまなざしの中に生きている。人が生まれたとき、母親はもちろん、産婦人科の医師や看護婦が新しい命にまなざしをそそぐ。父親や祖父母もその場に立ち会っているかもしれない。それから、保育器の中で常に看護婦のまなざしを受け、退院してからは常に親のまなざしの中にある。その後も保母さんや保護者など、常に誰かのまなざしの元におかれることになる。子どものうちは、寝ている時間以外は常に誰かのまなざしのもとにあることが多いだろう。
 子どもはいろいろな他者のまなざしを受け、そのまなざしの期待に応えようとする性質がある。応えようとする努力の中で成長する、とも言える。このことをどれだけの人が理解しているだろうか。

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投稿者 三輪 : 01:19 | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年01月17日

『国民と共に歩みたい党、共産党』河合顕子

「自民敗北、改選数割る」、「民主躍進、自民上回る」
 
 「年金制度改革とイラクでの自衛隊の多国籍軍参加を2大争点とする第20回参議院選挙が11日投開票された。自民党は目標の改選51議席(欠員の鹿児島選挙区を含む)を割り込み敗北したが、小泉首相は同日夜、衆参両院での与党の過半数維持を理由に続投の考えを明言した。ただ、年金とイラクという政権の「実績」に対する批判票が噴出し、民主党は改選議席から大幅に上積みして50議席台に乗せて躍進。獲得議数で自民党を上回った。改選議席の獲得数で野党が「第1党」となったのは、89年の社会党(当時)以来」
    (7月12日 朝日新聞朝刊一面)
 

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投稿者 河合 : 01:58 | コメント (0)

2004年12月01日

『見ないを見る--川崎市ホームレス緊急一時宿泊施設建設を巡る声と力--』②宮田清彦

三章 自省

 誰だって、自分の利益を考えるのは当然だろうが、欲求を充足するための「保障」を求める相手は権力に対してだった。そして、自己の望むように他者の行動を決定できる能力「威信」は、一人一人不均等に配分されている。だから、影響力にも差が出る。しかし、そこにこそ、私達がホームレス問題と向き合えない理由のヒントがあるのではないか。

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投稿者 宮田 : 00:15 | コメント (3) | トラックバック (1)

『カミングアウト』篠田茜

奇妙な同居生活の始まり
 私は現在、東京都内の大学に通っている。地方出身なので、普段は少し広めのアパートを姉と借りて二人で暮らしているのだが、今年の七月ころに、姉が夏の間旅行に行きたいと言い出した。「あー、家賃のことがなければ心おきなく旅行に行けるんだけどなー」という姉の言葉を聞いて、なんとか夏の間だけ住んでくれる子を探そうと思った。それなら、ゲイの子が良い。それが私の頭に浮かんだことだ。

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投稿者 篠田 : 00:00 | コメント (0)

『伝染するゲーム脳』 赤木智弘

伝染するゲーム脳

ゲーム脳襲来

 「やれやれ、またか」
 それが「ゲーム脳」という言葉に初めて出会ったときの印象だった。
 2002年7月8日の毎日新聞夕刊1面に「ゲーム脳」という文字が踊り、10日にNHK出版からゲーム脳という言葉の生みの親、森昭雄の著書『ゲーム脳の恐怖』が発売された。
 新聞記事を見るに「ゲーム脳」とは、人間らしい感情をつかさどる、大脳の前頭前野という場所の活動が、TVゲームをしているときに低下するのだという。そして、TVゲームを長時間しているほど、前頭前野の活動レベルが慢性的に低くなるというものらしい。
 つまり、このことから当時流行していた「キレる」といった行動の原因をTVゲームのやりすぎに求めることができるという。

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投稿者 赤木 : 00:00 | コメント (2) | トラックバック (0)

『見ないを見る--川崎市ホームレス緊急一時宿泊施設建設を巡る声と力--』宮田清彦

 男の背中を追って、深夜の街を走った。
 神奈川県川崎市川崎区でホームレスの支援活動を行っているNPO法人・川崎水曜パトロールの会の活動。街中に散らばるホームレス達に生活情報を刷り込んだビラを配っていくのだ。「どこに誰がいるのか、全然、分かんないだろ」。男は悪戯っぽく笑う。ビラを渡し、親しげに声をかけて、少し話して、男はまた走る。走らねば間に合わない程にビラを渡すホームレスの数が多いのだ。
 公共施設の裏側、雑居ビルの軒下、暗く沈んだ駐車場の奥の奥、公園の片隅の草の中。歩道橋の階段の裏側。まさか、こんなところに、と思うような場所に彼らは潜んでいる。
 暗闇に目が慣れていくにつれて一人一人の顔も区別がつくようになった。柔和な顔、力強い顔、弱々しい顔。一人一人、別人で、それぞれに違う生き方をしていることに気付く。全体的には、中高年が多いのだが、中には20代にしか見えないホームレスもいた。

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投稿者 宮田 : 00:00 | コメント (0)

『訴(うった)う 吉田優子とその周辺』神山幸恵

「訴(うった)う 吉田優子とその周辺」

プロローグ

 万葉の時代から人は歌い、三十一(みそひと)文字に想いを込めた。脈々と連なる歌人たちの系譜のなかで歌は磨かれ、光を放つ。歌人にとって師とは日常の導きを超えて、過去の偉人たちとの繋がりをも表す。
 大和は気づいているだろうか。はじめての歌集を発行したその年に、優子が誕生していることを。師弟の縁とは不思議なものだ。1974年、大和克子による『無花果家族』は出版された。前年、歌集を出そうと段取りを決めて序文を前川佐美雄に依頼した。師である前川は大和の依頼を快諾したものの、健康上の理由を挙げて、いつまでもそれを書いてはくれなかった。
 前川は「心の花」佐佐木信綱に師事し、1934年「日本歌人」を主宰した。大和は奈良女子高等師範学校在学中に前川と出会い、師と決めた。「日本歌人」を離れてのちに「短歌人」へ移った経緯があるものの、大和にとって師とは前川そのひとであった。予定から1年近くを過ぎてようやく出版された第一歌集は、あらためて師弟の交わりを確認するものだったにちがいない。
 今、そんな大和は優子の歌集に序文を寄せている。師弟とは呼ばず、歌仲間と呼ぶ関係に時代の変化を感じるものの、そこにみる人間同士の信頼に変わりはない。「たのむところあった」若き歌人を失った、大和の悲しみも深い。

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投稿者 神山 : 00:00 | コメント (0)

『在日の今』熊谷早苗

 「在日のことなんかはテーマにしない方がいいんじゃないか」
 この言葉を最後に録音は終了している。ドキュメンタリー映画監督・金聖雄(キム・ソンウン)氏にインタビューした際のテープを書き起こし、「これで終わりか……。」と思っていた私。
 金監督の最後の言葉に固まった。すぐにもう一度聞いてみる。三度目の正直、さらにもう一度聞いてみる。テープの録音をしていたのは私なのだが、その時は気に留めもしなかったのだろう。しかし、この言葉の中に金監督が抱える「在日(韓国人)」の思いが込められているように聞こえた。

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投稿者 熊谷 : 00:00 | コメント (0)

『働くという選択肢』井上千子

平成16年7月1日の朝日新聞にこんな記事が載っていた。
「団塊世代の退職はマイナス面大?財総研が影響予測」
記事によると戦後47年〜49年生まれのべービーブーマー世代、いわゆる団塊の世代は人口の5%強を占め約700万人。彼らが仕事を辞めると10年後には労働力人口で130万人、実質国内総生産(GDP)で16兆円が失われるという。この額は1997年度の日本の社会保障費と同額である。
総務省の調べによると平成16年9月の段階で総人口における65歳以上人口は19.5パーセントに及んだ。これは総人口のほぼ5人に1人の割合となる。
AARP米国退職者協会(AMERICAN ASSOCIATION OF RETIRED PERSONS)の日本版、高齢者団体AARPの調査によれば65歳を過ぎても働きたいと答えた団塊の世代は8割に上るという。
また今後少子化の影響により高齢者労働への需要も高まることが予測される。2004年の6月には年金支給年齢65歳引き上げに伴い、65歳までの雇用継続を企業に義務付ける改正高齢者雇用安定法も成立し政府も高齢者労働を後押ししている。
この様に数の面から見てもベービーブーマーの定年退職による穴は大きい。定年後、働くという選択肢を選ぶ人々は今後も増えることが予想される。

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投稿者 井上 : 00:00 | コメント (0)

『留学生・就学生の姿に考える』近谷純子

はじめに
 不思議なことになっていると思う。
 インターネットが国境を越える、世界をつなぐというのは、たぶん正しいだろう。もう5年くらい前のこと、「書の作品を世界に売る」ことを思いつきサイトを開設したひとの手伝いをしたとき、なにもかもに素人っぽさがぬぐえないそのサイトに、アメリカの婦人から注文があり慌てた。クレジット決済なんてできるわけがなく、たしか海外送金をお願いした記憶がある。いったい手数料はどうしたのだったか。でも、無事に届きましたとお礼のメールを受け取った記憶はある。
 そんな時代のいま、出会った韓国人の男の子が「忍者になりたかったんです」と言ったときは驚いた。だから日本に来たのだと……。彼は前座デビューしたばかりだけど、いま、K1ファイターである。
 
 不思議だ。そしてますます分からない。世界は狭いのか広いのか。世界はひとつなのか、それともやっぱり多様で、ばらばらなのか。

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投稿者 近谷 : 00:00 | コメント (0)